2024.7.5.Fri

わたしの臨死体験

 

10代後半〜20代前半の時、私は毎晩のように幽体離脱をしていました。

原因はわからないのですが、毎晩するっと体を抜けてしまいました。幽体離脱している時は、重い水の中のような感じでスローモーションでしか動けません。そのような状態ですが、ゆっくりと家の中を探索したり、ちょっと空を飛んでみたり、その感覚が面白いので遊び半分であまり深く考えたことはありませんでした。

 

 

ですがある夜はいつもと違いました。

そのときは、一瞬にして宇宙にまで飛んでしまったのです。いつもは体を抜けても「自分の体の形」が何となくわかりつつ動かすのですが、宇宙では私はただの「光の玉」になっていました。まわりには同じような光の玉が浮遊していて、イメージとしては天の川のように配列されていて、ゆっくりと同じ方向に流れていました。目の前には丸い大きな地球がどーんとありました。とても美しかったのを覚えています。

 

光の存在になって自分の体がないのに、私はどこで見て、美しいなどと感じているのだろう?と不思議でした。脳がないのに、色々考えることができました。

 

 

とてもよく覚えているのは、地球では「現在」があって少し前には「少し前の過去」があって、少し先には「少し先の未来」があって、それを常に意識して生活していると思うのですが、宇宙では、常に「今」でした。「今」の次の瞬間に「今」があり、その連続。ゆっくり流れている時も、「さっきまでそこに居たけど流れて今はここにいる」という感覚ではなく、常にここ。ここ。ここ。過去も未来もない。

 

この感覚は、ぱらぱら漫画がいい例えになるかなと思いました。何枚もの紙に描かれたキャラクターがあるとして、それをぱらぱらっとすることでなめらかに動いているように見えます。

宇宙では、1枚1枚がそれぞれ、前後の紙の存在を知る由もなく、刻一刻、次々に、それぞれが別物として瞬間的に存在しているという感覚でした。

 

これはとても新鮮で面白く感じました。体がないのにどこで面白いと感じているのだろう?とまた考えてはぐるぐるしてしまいました。

 

 


 

 

とにかく自由で何の心配事もなく、ただそこに居ることが快適でした。ここは「ふるさと」のような場所なのかなと思いました。「無」という状況ってこういう事をいうのかなと感じたり、でも「感じて」いるから無ではないなと思ったりしていました。

 

 

すると前方に見えていた地球のその右側に、大きなスクリーンが出てきました。その画面には、様々な時代の様々な国の一場面が、次々にスライドショーのように映し出されました。覚えている分で言うと日本はありませんでした。ヨーロッパの石造りのお城だったりアメリカ西部開拓時代っぽい赤い土がたくさんある場面、中世のドレスを着ている女性が歩いていたり、そんな場面を映画を観るようにぼーっと観させられました。

 

私は自然に、「性別も国も自分で選べるんだなぁ」「過去にも生まれることができるんだなぁ」と思っていました。そして次はどこに誰として産まれようか考え始めていました。

 

 

その時に思い出したのです、まだ人生の途中であったこと。まだ終わってなかった気がすると気づいたその瞬間、私は地球の上空へ瞬間移動しました。さっきまでは丸い地球全体が見えていたけれど、今は目の前。次に、国は日本だった気がすると思い出すと、日本上空へ瞬間移動しました。関西地方の…と思い出すと関西上空へ、そして自分の家を思い出すとGoogle Earthのようにどんどん焦点があって近づいていきました。いつもの幽体離脱では思うように身体が動かないのに、この時は思えば一瞬にしてびゅんびゅんと雲を切って移動できました。

 

そうして自分の性別や年齢、容姿などを全て思い出していくのですが、まだ他人のような気持ちでした。細い身体だったなぁとか、内気な性格な子だったなぁと他人事のようでした。でもそうやって思い出して、人生の続きをする為に自分の体にすっぽりと戻ったのです。

 

 


 

 

地球に戻ってきた時の感覚が忘れられません。

戻って来れた!という安堵感でいっぱいになったと思いますか? それが、実際は真逆だったのです。「なんてところに落ちてきたんだろう…。ああ宇宙へ戻りたい」という気持ちでいっぱいになりました。それは血の気がさーっと引いて、心臓がばくばくするほどのショックでした。

 

体に戻ってもすぐに体を動かすことはできませんでした。落ちてきたことの精神的ショックと、あまりにも肉体が重いからです。寝ている自分の体にパズルのように合わせて、意識を統一して肉体を連れてうまく操縦しないとまた幽体離脱しそうだったので、馴染むまで鉛のような容れ物に入っていました。その間も私は絶望感でいっぱいです。

 

この肉体というものは何て重くて面倒なんだろう。どこへ行くにも連れていかないといけません。不自由でしかないです。ケアしないと簡単に傷むしぶつけると怪我してしまうし老いていく。

次に時間という概念。チクタクと時計の針が一定に時を刻んで、時間はお行儀よく一方方向にしか流れないということに気が狂いそうになりました。私はこんな面倒なところで、あと数十年間、この子の人生をやらなきゃいけないの??嘘でしょう??と絶望し、しばらく現実を受け入れられないでいました。

 

 

肉体を持ってしまう煩わしさと時間の制約。この2つが地球に降りてきて感じた印象で、地球の苦しみの全てではないかなと思いました。できることなら放棄して、宇宙で光になっていたいと思いましたが、意識が体に馴染んでいくとそんな感情も薄れていき、というか観念して、当たり前のように私という人間の存在を受け入れていきました。そうして私は今もこの人生の続きをやっています。

 

 


 

 

私はこの体験をしてから、この世に生命が誕生するときに「おめでとう!」と祝うことや、誰かがこの世を去るときに涙を流して悲しみに暮れるという感覚は、もう少し違う観点から観るようになりました。

 

赤ちゃんが産まれる時にぎゃーっと泣くのは、嫌過ぎて泣いてるんじゃないかなと思ったり…。祖母が大往生した時は身体が枯れ朽ちたようになるまで生き抜いたことを讃えたい気持ちになり、凄くかっこいい!天晴れ!とお婆ちゃんを誇らしく思いました。

 

愛猫が大病を患ってこの世を去った時も、とんでもなく大泣きして引きつけを起こして家族から介抱されるくらいだったものの、「やっと肉体のしがらみから解放されたね」「やっと自由になれたね、よく頑張ったね、ありがとう」という気持ちで送り出すことができました。

 

ふわふわの白い毛やガラス玉のような美しい瞳は愛しいし、むっちりした固太りの体を抱けないことや可愛い声が聞けなくなった寂しさはあるけれど、それというのはこちら側の執着で、彼女自身は既に解き放たれている。そう思うと泣いてばかりはいられず、自由で安らかであることを祈るようになりました。そして生きている間に精一杯愛情を注いできたという自負もあったので、悔いもありませんでした。

 

 

 

その後、私はヨガやインド哲学、仏教を学ぶことになり、あらゆる修行はもうこの世に輪廻転生しない為であると知るわけですが、この経験のおかげですんなりと理解できましたし、そうそう、そうだよねと答え合わせをするような感覚でした。そして、この肉体をたまたま使わせてもらっているという意識があり、身体を知ることケアすること使いこなすことの大切さもこの経験があったからこそ打ち込めるようになりました。

 

小さい頃から人が見えないものが見えたり、聞こえたりしていたのですが、最近は科学がこうした不思議な経験や哲学の方に追いついてきたようで、謎が謎ではなく解明できつつあります。あまり人には話せなかったこんな話も、記事にして記録できるようになりました。

 

何の為に生まれてきたのかと深刻に考える必要はないと思います。ただ自分が正しいと思うこと、楽しいと思うことをして、愛する人たちと過ごす。たくさん修行して遊んで、楽しんだもの勝ち。そうやって生き抜いて「お疲れ様でした!」と宇宙に戻ればいいのかなと思っています。