2024.5.7.Tue

勝訴しました

 

 

ヨガ講師であり精神科医でもある友人に【反社会性パーソナリティ障害】の話を聞きました。

 

反社会性パーソナリティ障害には、

⚫︎良心の呵責や罪悪感を覚えることがない

⚫︎人を欺くことに長けている

⚫︎自分が望むことを手に入れる為に平気で嘘をついたり周りを操作する

⚫︎利益になることや保身の為には感じ良く演技をして振る舞う

⚫︎自身の行いを正当化して反省できない

⚫︎道徳観、倫理観が欠如している

⚫︎将来の計画が立てられない

等々の特徴があります。

私が闇一族の相談をしているとこの障害の傾向があるということでした。どうりで話が噛み合わなかったわけです。遺伝するということにも納得。

なかなかこういう人と接する機会はないと思っていましたが、実際は仮面を被り身近に潜んでいるらしいです。

 

 

they did me so dirty.they did me wrong.

 

相手方が度々引き起こすヒステリーは本当に怖かったです。

信じていたものが全て偽りだったのだからそれは如何ほどの虚しさか想像するに余りあるのですが、私ならば数十年間異常な関係しか築けなかったという苛立ちを怒りに転換してその矛先を他人に向けることはしません。自分を見つめ直します。家庭環境が悪かったことは聞いていますが、それが理由にもなり得ません。

 

保身の為に真逆の嘘を広められ、当事者ではないのに親族が自分達の有利になるよう完全なる嘘をでっちあげた時は呆気に取られました。心当たりのないことで突然脅迫されたこともあります。守ってあげているその本人から自分たちがどんなに貶され馬鹿にされていたのかも知らず惨めで哀れでした。

 

裁判所の訴状、それに付随する陳述書や数十枚という膨大な証拠画像を閲覧していただければ真実がわかるのに、被告の「切り抜き話」や「捏造した嘘」だけを信じて攻撃されるのが本当に辛かったです。相手方の所属組織の顧問弁護士から口止めの恫喝もありました。

 


 

脅迫に関しては県内で1番大きな弁護士事務所に相談したところ刑事告訴も検討できるようでしたが今回は注意警告の書面だけ送付していただきました。複数人の弁護士さんが所属されている事務所なので色々聞いていただいたところ、相手方弁護士は業界内で「人間の心がないロボット」と揶揄されていると聞きました。Exactly!!

 

今後もしつこく因縁をつけられるようならばと準備はしていますが、精神科医によると「可能な限り関わらないこと。話し合えばわかるだろうと思わないこと」「あなたの時間を彼らに奪われるのは本当に勿体無い」「本人が自覚し治療したいとなれば力になれるが自覚することはまずない」ということだったので、出来るだけ関わらずに済むよう最大限の努力はしています。

素直な心で話し合えばすぐに解決できそうな話なのにどんどんおかしな方向へ向かってしまうのがとても悲しかったです。孫の代まで呪われそうなたくさんの人の恨みと憎しみを背負って生きていく決意をされるのも不思議でなりませんでした。

 

 

 

記録と相談

 

同じような目に合っている人の為に経験者の私が言えることは、精神科医の言うとおり「おかしいと思ったら関わらないようにすること」です。現に今苦しめられているのなら、画像や録音などの証拠もできるだけ残しておいてください。息を吐くように嘘をつく人間というのは本当に存在しています。面倒かもしれませんが自分を守る為に記録をすること。

そして「できるだけ多くの人に相談すること」です私にとっては救世主のような存在がたくさんいてくれたことが何よりの救いでした。

 

 

私の場合、友人や親族以外に紹介していただいた各業界の方、数社のベテラン記者さんたち、大企業の役員さんたちが気にかけてくれ、第三者の視点から判断し味方になってくださいました。相手方が卑劣なことをしてくる度に「いつでも力になります」「守ります」とまで言ってくれました。

 

裁判官が作成してくださった和解案には相手方は私に謝罪するよう条項を入れてくださいました。これを読んだときは嬉しくて涙が出ました。(相手方は謝罪を書面として残したくないと最後まで抵抗したので結局その条項は入れなくて良いとこちらが折れてあげたのですが…)

それでも数百万という相場以上の慰謝料を支払うよう命じてくれました。どれだけ事実を捏造され印象操作されようともこれが答えなのだと自信に繋がり、励まされる思いがしました。

 

ワンネス前には何度も自暴自棄になりそうでしたが「相手と同じレベルに落ちてはいけない」「あなたには気高くいてほしい」と諭してくれる人が私のそばにはいてくれました。時には代わりに泣いてくれたり怒ってくれたり、笑いに変えてくれました。人の愚かさを知ったのと同じくらいに、人の強さやあたたかさ、優しさ、愛情と知恵、ユーモアに助けられました。

 

特にユーモアというのは本当に素晴らしいものだと感じました。カフェで友人と話していてこの件を面白おかしくネタにしてくれた時、私は思わず吹き出してしまいました。こんなに笑えるということに自分でもびっくりしました。私を元気づけようとしてくれたその気持ちに涙が出そうにもなり…でも笑顔になれて、胸のなかに風が吹き抜けたようで素敵な瞬間でした。私もこうして人を助けたいと思った出来事でした。

 

ちなみに、被告は過去にも罪を犯していたので、私はマスコミ各社から取材を受けました。何故記事にならなかったかというと、各社会議の結果、相手方一族は非常に卑劣極まりないが三流以下で全くニュースバリューがないと結論づけられたからです。マスコミも商売ですから…。

 

 

 

清濁併せ呑むワンネス

 

2回目のワンネスで知ったことでこれが正しいかは別として。

光と闇、陰陽は切り離せず混合して1つで、実際のところ既に調和しています。調和といっても手を繋いで仲良しこよしすることではありません。だってサイコパスとは仲良くできませんよね。決して分かり合えないのですが、全ては繋がっていて、全ては何かの一部ということ。統合しているものの、そのシェアのバランスや自分がどの役割をするかは自分で決めることができます。

 

 

実社会では私は彼らとは二度と関わりたくありません。被害を被るからです。

 

ただワンネスの感覚というのは、大樹の葉っぱ1枚1枚が人だとして、「隣の葉っぱが嫌い!」と言ったところで、同じ幹、同じ大地から栄養をもらって生きているし同じ太陽のもと生きているでしょう?ということで、この意識と実感です。隣の葉っぱが落ちれば自分により陽が当たるのにと何らかの方法で蹴落としたところで、それは自分の一部が落ちたということに過ぎない。これをあくまでも知るだけではなくて体感として感じることです。

 

インド哲学で無知が罪とされているのはそういうことでもあります。無知はエゴによって増大します。いつでも気付けるのにエゴの為にそこに居着いて変わることを恐れて身動きできないのです。そんな役回りをしてくれている彼らには慈悲と感謝の気持ちを抱いています。光と闇の統合というのは、みんなこうやって「おかげさま」で生きているということです。

 

この世は映画やゲームみたいなもので、どの役を演じるか退屈しのぎで遊んでいるような感覚。それくらい力を抜いて人生を楽しんだらいいと思うのです。実際にヨガや何らかの方法で身体の力みや緊張を取るのもいい方法だと思います。呼吸法や瞑想もワンネスへの道です。私もその道半ばです。