2022.8.11.Thu

猫とわたし(1)

 

 

最近写真を整理する機会があったのですが、それが今までご縁のあった猫について色々思い出す機会にもなりました。猫との出会いにおいては、私らしいちょっと不思議なことも起こります。これまで5匹の猫とご縁がありました。

 

 

黒猫ジジとの出会い

 

私はジブリ映画が好きで、特に『魔女の宅急便』が大好きでした。

なんといっても黒猫のジジが可愛過ぎて、欲しくて欲しくてたまりませんでした。

でも、親に何度も「猫を飼いたい!黒猫がいい!」とお願いしても、全く聞き入れてもらえませんでした。

 

そこで私は、時々夢に出てくる金色の人にお願いすることにしました。

観音菩薩様みたいな金色の人が、時々夢に現れてはアドバイスをくれたり私を抱っこしてくれます。最後の砦という感じでお願いすることがこれまでも度々あったのです。

 

毎日祈って、黒猫ジジと暮らすことを妄想しては楽しんでいました。

するとある日、家の庭から猫の赤ちゃんの産声が聞こえ…なんと…黒猫の赤ちゃんが産み落とされていたのです。

 

「親がプレゼントしてくれたんじゃない?」と思われるかもしれませんが、当時猫が苦手な親はとても気持ち悪がり、驚いていました。

 

黒猫は生まれたてほやほやで目も見えない状態。私は素直に「わーいジジが来てくれた!金色の人ありがとうございまーす!!」という感じでした。でも今思えば本当に不思議な出来事です。

 

里親探しを始めそうになっていた両親は結局、私は小さい頃からちょっとおかしな子だったので猫が来たのはその真骨頂だということで受け入れてくれました。

 

勿論ジジと名付けて家族になりました。

念願の黒猫ジジとの生活は夢のように楽しかったです。

鍵シッポの持ち主で幸運の猫。

 

 

 

ベルとの出会い

 

ジジが亡くなって私と母がいわゆるペットロスになりました。

そんな私達を見かねた兄2人が白猫を連れてきてくれました。チンチラシルバーのお嬢様です。ベルと名付けました。

 

美猫で気高くて、でも甘えん坊で優しい女の子です。

しばらくして私は家を出たので、帰省するとベルに会えるという状況。

たまに帰っても胸の上に乗って、数センチの至近距離から愛しいものを見るような瞳でじーっと見つめてくれる子でした。

 

ベルは18年生きてくれました。老後、腎臓に病気が見つかり大変でしたが今は痛みのあった体から解放されて、きっと自由に輝いています。

 

 

えむとの出会い

 

それから数年後のこと。母親と実家の近所を散歩していました。真夏の昼過ぎ。

 

実家の近くにお城があるのですが、そのお堀には水はなくて荒地のようになっています。普段そんな所を覗き込むことなんてしないのに、その日は何となくお堀に目をやると、茶色い子猫が倒れているのを見つけました。

 

お堀なので道路より数メートル下で、雑草も生い茂っていたのではっきりと見えないのですが、骨と皮だけの状態で、真夏の太陽にジリジリと焼かれている子猫でした。

 

 

横たわっていてピクリとも動きません。

通りすがりのおじさんが「何見てるの?」と同じようにお堀を覗き込み、「ああ、あれはもう死んでるわ」と言って去っていきました。母親も「可哀想に。でももう行こう」と歩き始めました。

 

私はどうしても気になって、亡くなっていたとしてもこの真夏の太陽に焼かれているのが痛々しくて、せめて涼しいところに移して弔ってあげたいと思ったりしていました。

 

そしてダメ元で「もし助けが必要なら何かサインを送って!シッポでいいから少し動かせる?」と心の中で呼びかけました。

 

すると、子猫のシッポがふわぁっとひと振りしました。

「生きてる!!」と叫んで施錠されているフェンスを乗り越え(すみません…)、お堀に降りて、子猫の元へ走りました。

 

痩せこけて骨は浮き上がっていて、片目が潰れていました。

お尻も潰瘍ができてぐちゃぐちゃでした。

子猫のまわりにはハエがぶんぶん集っていました。

 

 

私はハエを払って、着ていた服を脱いで子猫を包みました。すぐ近くに図書館があったのでそこでダンボールを頂き、動物病院も近くにあったので処置をしていただきました。

 

色々な病気があり酷く衰弱していて、酷暑だったこともあり、保護しなければその日のうちに亡くなっていただろうと言われました。治療を続けて目も治り、今は元気に過ごしています。あのとき最後の力を振り絞って合図してくれてありがとう。


猫は私のヨガの師匠でもあり、特別な存在です。