博物館が休館だった日、【悟り】について考えた
京都で開催されているマリメッコ展に、ずっと行こう行こうと思っていて、先日やっと京都へ行ける日ができました。
実家では、裁縫が得意な母がマリメッコの生地を使って色々作っていました。そういうのを見てきたので馴染み深いです。
自宅には何があるだろうと思い返してみると、お皿、マグカップ、エプロン、スカーフ、リュック、エコバッグ、クッションカバー、ポーチ等々、そこそこありました。
なんてことを思いつつワクワクしながら到着したものの、なんと博物館が休館日でした…。
時々こういうことをやってしまう。
わざわざ京都まで何しに来たんだろう。
基本的な情報をなぜ確認しなかったのか。
前にもこういうミスをしたのに何で学ばないのか。
そして京都は奈良より暑い!暑すぎる!!
などなど、第一の矢(起きた出来事そのもの)だけに留まらず、第二の矢(心の過剰な反応)、第三の矢(自己批判など苦しみの上塗り)を次々と自分自身に射るのでした。
感情と私の間にある空間
一方では、斜め上から「またやってるこの人、馬鹿だなぁ…」と冷静かつ愛しく見守ってあげる視点を持っています。これがダメージを最小限にできる方法。
できれば波一つない静かな湖面のようにいたいけれど、波は立ってもいい。
生きていたら色々あるんだから。
自然界においても風が吹けば波は立つ。
嬉しい時は嬉しいし、悲しい時は悲しい。
よく、悟ることができると、何が起きても巨岩のように動じず無の境地でいられることだと思われますが、「波が立ってはダメ!」「反応したらダメ!」じゃなくて、自らわざわざかき回して濁らせたり、波に巻き込まれないようにだけすればいいんです。その感情を「自分のもの」としてぎゅっと固定してもう離さない!状態にはならないように。(感情≠自分)
客観的な視点を持って、感情と自分の間に、”ちょっとした空間” を設けてあげてください。この空間が少しずつ深く、安定するように、私も日々修行中の身です。
いい例になる出来事だったので少し【悟り】について触れてみました。
悟るということは、特別な何か(能力や技術)を習得することではなくて、逆に、起きた出来事に余計なことをして複雑に展開していかないことだと思っています。シンプル!
予定がなくなってしまったので、直感的に百貨店まで歩くことに。
そして急遽ジュエリーを注文するのだった。
今回初めての店舗に飛び込んだのにも関わらず、とっても素敵な方にとっても丁寧にプロフェッショナルに対応していただいて幸運でした✨
【悟り】とは、欲望を全部捨てて山にこもることではないのだ!
欲望を観察することと、欲望に従うことは別。
欲望を消すことと、欲望に飲み込まれないことも別。
こういうオチが今の自分らしいです。


